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月別アーカイブ: 2008-08
いやはや、ベトナムから戻って1週間、そもそもベトナムに居たのは2日半ほど。しかしながら、まだまだお伝えしてない事が沢山あります。折角ですから、今日もそんな中から1つ。ベトナムの朝市…。
朝は7時半から勉強会ですから、少しでもいろんなベトナムを見るには苦手な早起きをしてベトナムの普段の生活を見たいと思って選んだのが朝市。朝6時には空いていると聞いたものですから・・・。しかし、そこはベトナム。6時には市場に到着したのですが、そこからほとんどのお店が明ける準備をしている感じ・・・。
ハノイには大きな市場が2つでハンザ市場とドンスアン市場。今ハンザ市場は、大型商業スペースに変わるとの事でほとんどがお休み。で、ドンスアン市場に行ってきました。ホテルから車で10分ほど。大急ぎで来ましたが、まだまだ準備中。なので市場の周りなどにも足を延ばすことに。周りにも沢山あるんですよ。
野菜や果物など…ベトナムの食材が沢山。
他にも食器やいろんな雑貨がありましたよ。で、徐々に開いていったドンズアン市場には鞄屋さん、靴屋さん、生地屋さん、雑貨屋さんなどの卸問屋さんが連なっていました。
朝からもすごいスピードでバイクが走るのでドキドキしながら歩いてました!
末次代表が購入。美味しかったそうですよ。
さぁいざ帰ろうとすると中々タクシーが見つからず、3人で途方に暮れていた時に助けて下さったのがベトナムの警察の方。親切に携帯でタクシーを呼んでくださいました!感謝!
市場っていいですよね。その土地土地の日常が見えて大好きです
毎年恒例の佐賀県議団との合同勉強会と懇親会。
昨年は佐賀で、今年は長崎と交互で行っています。佐賀県は長崎にとって唯一の隣接県なんですよね。新幹線や西九州道路など両県にとっての悲願の事業が進む中、更に佐賀県との交流は盛んになる事と思います。近いからこその相違点もあり、時には事業方針の違いなども勿論ありますが、それを超えたところでお互いが西の地にある県として頑張っていかなければなりません。今後は道州制も見込まれておりますし、互いの議員の意見交換も大切です。
佐賀県の方とは何度も会っておりますし、同世代の方も沢山おられますし、同期会なども合同で行ったりしてますから、ホッとしてしまいます。しかし、何故か皆さん、彼氏は出来たか?結婚はどうするんだ?などとプライベートまでご心配頂きましてありがとうございます(笑)。また、議会では非常に怖いらしいとかすごい噂までたっているそうで…。そんな事はないですよ~。
・ 佐賀の古川知事も来崎。「長崎消息毎回読んでいますよ」と何とも嬉しいお言葉を頂戴いたしました。
これからもお互いの県民のために頑張りましょう!!
8月26日に立ち上がった日華協会。台湾との交流のために作られたもので、私の父が会長を務めます。設立総会には私は視察の関係でお邪魔できませんでしたが、多くの方々が参加して下さった事に感謝しております。
長崎は中国総領事があり、長い歴史の中で中国との交流を培ってきました。その為か今まで台湾との交流に関しては積極的には動いていなかったようです。今回も知事を初めとした県の幹部の方には台湾の総領事的なお役目の方は会うこともなかったようです。県自体もまた更に中国との連携を深める会を設立したりしておりますので、判らなくもありませんが、ここまでの対応は長崎だけのようです。ほかの領事館がある知事は自ら台湾にお邪魔したり、台湾からの観光客誘致に特に最近は力を入れているようです。
実際長崎もこの10年の間、200万の方が台湾からは訪れ、中国はビザの関係がありますが20万との差があります。長崎を好んで来てくださる台湾の方を、みすみす今後、ほかの地域へと行かれても良いのでしょうか?
中国と台湾の関係も変わりつつある中、長崎自身も未来に目を向けていいのではないかと思います。中国との友好も変わらず続けていくわけですし。私自信もずっと中国の情報番組のディレクターをやったり、中国との実業家の方々との勉強会をやったりを続けてきておりますし、何度か中国にもお邪魔し、友人も沢山おります。中国の方々もこのような協会ができた事もいつかご理解いただけると思います。長崎は観光都市として多くの方々を迎え、その交流人口を増やすことは非常に重要なことだと思います。
様々なお声はありますが、長崎の未来にとって大きな進歩であると信じております。
秋田議会は45名ということで、私どもとあまり変わらない議員構成で女性も同じく4名。ちょうど議運の委員長がいらっしゃったのですが、その方も女性でした…いや~すごいですね。頑張っている女性先輩議員にお会いすると勇気が出る気がいたします。
さて、やはり様々な議会をお邪魔して、それぞれの県でいろんな方法が違う事を感じます。議会の会期も秋田は短く、一番驚いたことは一般質問の回数が議員の任期中で2回ですよ。4年間で2回。私的には1年で1回でも少なく毎回質問をしたいのですが、秋田の議員の方々はどうなんでしょうか…。議長や副議長も委員会に所属というのも長崎とは違いましたが、まだまだ新人の私にとっては長崎の方法が普通なのだと思い込んでいると、所変われば・・・のようです。予算委員会の方法も分科会で質問内容が分離進行方式で当初はやっていたが、様々な意見を踏まえて、今は一体進行方式でやっているとか。このあたりはまだ長崎では決まっていないので、昨日の滋賀と秋田などを参考にして、また議運でいろいろと考えていかなければならないと思います。
さてその後は、赤れんが郷土館へ。ここは昔の銀行を使って秋田の郷土工芸品が展示されている所。地元のボランティアの方がこの場所の歴史や秋田の工芸品などについて説明くださいました。展示物の銀線細工はなんと平戸から伝わったそうですよ。
最後は秋田ねぶり流し館に行って秋田のお祭りについての説明を伺いました。地域に伝わるお祭りは良いですよね・・・一番有名な竿燈の実演もありましたが、すごい!いつか本番のお祭りを見てみたいです。
ということで本日の視察は終了です。
で,議会運営委員会視察が終了して、一人で行って参りました大阪府庁・・・すごいですね、何度も大阪にはお邪魔していたのですが府庁舎に伺うのは初めて。
あの重厚さにほんと驚いてしまいました。流石大正時代に作られてもので、あちらこちらに施された細工も素敵で、これが庁舎なのぉって感じです。
今回伺おうと思ったのはこの古い建物も新築にだけ頼るのではなく、耐震改修と敷地内への増築で行おうとしていた経緯があり、私自身も長崎県庁舎は耐震改修と別館の建て替えが一番いいと思っていますので、何かヒントがあるのではないかとの思いでした。府庁の方々が実に親切に説明してくださいました。
今の現状と問題点、どのように進めようとされていたのか。しかし、先日橋本知事が新たな提案をなさったのは新聞などでご存じだと思いますが、大阪市の第三セクターWTC(ワールドトレードセンター)に移転する考えがあることを。これは驚きでしたね…長年進められてきた中での大きな改革を時代に合わせて、現状に合わせてよく行っていると思います。今の場所から30分ほどかかりちょっと遠くなるようですが、府民にとっての活用を考えるてもそれでも問題は内容とのこと。新しい提案に府民もその案の支持も増えているそうですが、まだまだこれからの議会で議論が活発になりそうです。

・ 執務室とは思えない内装でステンドグラスと天井も細かな細工がなされているこの場所はもともと正庁と言われる迎賓館室。
この府庁舎が移転してもこの周りには商店街などもほとんどなく官庁街でありることから府民の生活はあまり変わることなく、逆にWTC付近が新しい街が出来ることになり、財政も予定より無駄になることが省けるとのことでした。長崎の場合とはそもぞもの街自体の人口の多さや職員の方の人数、そして環境自体も違いますので、比較は難しいのですが、過去の耐震改修での方針などずいぶん役に立つこともありましたので、お邪魔して良かったです。
・ 別館の横の敷地に新しい棟を建てる予定だったそうです。しかしいずれにしてもここは大阪城が見える一等地ですから、ほかの活用が十分にあるとのこと。税金の無駄もなければ移動を選ぶ府民の方は多いかもしれません。
本日の新聞に長崎県内の5市の市長さんが合併して、県庁も県北になんて意見を載せてましたが、道州制を目指しての地域づくりは理解できますが、いずれにせよ長崎は新築移転でやるとなるとかなりの税金がかかるわけです。私はそもそもそれが無駄だと思い、使えるところは使って、跡地の問題なども残さず、地域の大きな変動もないのが一番望ましいと思っております。今後、公聴会もあり県民の皆様の意見をお伺いできると思いますし、私も現状を説明し様々な方向で考えるべきであることや思いをお伝えできる機会を持てればと思っております。
帰国した後に今さらではありますが・・・長崎とベトナムの関係をご存じですか?
現在の長崎にも100人以上のベトナムの方が住んでおり、海外研修員の受け入れなどもやっておりますし、医学界でも交流があることはお伝えしたとおり。
しかし、かなり古くからの歴史があるんです。今回の視察や表敬の際も何度も知事もおっしゃっておりましたが、歴史は400年以上前にさかのぼるんですよ。
熊本生まれで長崎で商人として活躍した荒木宗太郎さんという方がおりまして、、朱印制度の創設の際から船主となり、ご本人も幾度となく渡海していたそうです。そんな荒木さん、1619年に広南(ベトナム)に渡った時に国王の親戚の「王加久(わかく)」見染めて、妻とし長さ先に連れ帰ったんだそうです。彼女はきっと若くて可愛かったんでしょうね…長崎の町民から親しまれアニオーさん(おひめさま)と呼ばれていたそうです。なんでも嫁入りの行列もあったそうですが、当時では異国の御姫様のその後様子はとても珍しく後年まで語り継がれております。
それは長崎くんちの奉納踊りでも再現されています。一昨年平成18年の本石灰町の御朱印船の際に子供たちとアニオーさんが長崎に来た際の行列が再現されていました。記憶にある方も多いかもしれませんね…次にこれを見るチャンスは平成25年ですね。
またそのころまでには長崎とベトナムの関係は進んでいることと思います。400年前に異国の地にいらっしゃったお姫様の思いはどうだったんしょうか?それがこのような関係のスタートになるなんて夢にも思っていなかったでしょうね。
今、私ども議運でも予算特別委員会と決算特別委員会の方式を変えること、委員会数を減らすことなどが活発に議論され、新しい方針を導入することになりました。そんな中で、議会改革を先進的に行っている滋賀県に今回はまずは伺ってみました。
滋賀県は人口138万人(長崎は147万)今年度の当初予算はわが県より2400億ほど少なく4934億3千万、30年ぶりに医療福祉の予算が増額したそうですが、これは議会の構成人数に大きく関係していそうです。47名の議員のうち自民系が23名、民主、共産系が24名で初の民主党議長、5人会派の副議長が生まれたそうです。そのお陰?!もあるのか、議会運営も活発に知事への質問をし易くする為?!など様々な改革がなされているようです。
予算特別委員会に関しては私たちも一番の悩みどころである委員会と一般質問の予算に関する質問に関してどう線を引くかという事も、会を重ねるうちに精査出来てきたとのこと。これはやはり議員の考え方や受け取り方で変わってくる部分もあるのでやりだしてから…という部分もあるのかもしれません。何れにせよ今回の長崎の改革でも大きく良い方向に変わっていくと思います。
ただ、登壇のところとあまりにも議員席やその上にある傍聴席が近くて、これでは自席で独り語を言っている方やヤジの声が大きくて、何だかとても気が散ってしまいそう…新人の私的にはちょっと怖い?!
また、私も委員会で質問というか要望として、もっと一般質問の回数を1議員に対して増やして欲しいという点。滋賀県では年間120分の持ち時間があるそうで、全議会での発言ができ、質問方法もわが県議会同様の一括方式と、項目別の分割方式、一問一答方式から選べるそうです。一問一答に関しては項目と詳細を通告する必要が有るためか、通告書としてだせばよい項目別の分割方式を選ぶ議員が多いそうです。これは、ほんと長崎でも早急に取り入れてほしいです!!今は年に1回の質問しかできませんが、やはり議員は議場で県民の要望、疑問に関して問う責任があります。年に1回では時期的にズレテしまうこともあるわけです。私も毎回でもいいので質問したいと思っていますから、そういう意味ではこの滋賀方式はうらやましい限りです。
これは、次回議運でも議題に大きく上がることと思います。まだまだいろいろと細かいことも聞きたかったのですが、残念です。今後他県との比較をしながら、一番最善の方式を長崎で取り入れることが出来ると思います。今、大阪へ向かっております。大阪で今日は一度解散ですが、私は個人的に大阪府庁舎の視察をさせていただくお約束をとっているので、また庁舎に関しての勉強していきたいと思います。
とても慌ただしいベトナム2泊4日から戻って参りましたぁ。忙しい中でしたが駆け足で様々な経験ができたことと、今回は何より医学界で活躍している方にも出会い、今後の長崎の医療福祉においてもお教えいただけそうですし、興味ある事も出来たので私自身も楽しみです。
さて、番外編と言うかベトナム豆知識を…。
ガイドのハイさんからの豆知識という事で、ハロン湾への往復のバスの中でいろんなベトナムの事を教えて頂きました。ところ変われば…と驚く事も多かったですよ。
①今、高速道路が沢山で来ておりますが、これは日本のODAのおかげとのこと。今はインドの次にベトナムへODAは注がれておりますから。で作られた道路のわきには日本産?!という印が付けられるそうです。これから色な処で見られそうです。
②道路から見ると沢山のお墓があったのですが、これも独特な形。ほとんどが土葬なんだそうですが、何より驚いたのは3年目に改葬と云って、埋めている骨を掘り出し洗うんだそうです。それは、長男の仕事だったんだそうですよ…すごいですね。今は流石に大変だってことでそれをビジネスにした会社に任せる家庭もあるとか。
・ ベトナム空港機内食…美味!
③ベトナムのメイドさんは…おしん?!って呼ばれているそうです。農村部の女性は都会でメイドさんとして働く事が多いそうです。大分前に日本のテレビ番組「おしん」が放送された事からこういう言い方になったんですって…日本では忘れられてるかも…おしん.
④で、そのおしんのおかげか日本女性のイメージは忍耐強い人なんだそう。御嫁さん候補としても、おしんタイプが人気だったそうですよ。まぁこれは今の日本でも見つけるのは至難の業かと…。
⑤ベトナムの平均年収は10万ほど…今の物価ではかなり苦しいそうで、その為か大国企業が人気あるようです。だって…バイクが15~20万、車が300万、家はハノイの40平米ほどだと1500万、で人気のフォーは110円…ん~格差が…。
・フォー最高!
⑥学校の先生やお医者様、弁護士さんなどは公務員の為、お給料は安いそうですが、その代りに「先生感謝記念日」というのがあり、普段お世話になっている先生方はプレゼントやお金をもらうそうですが、これがかなりの収入になるんですって。
⑦バスの中から、なんかベトナムの家って細長いなぁ~って事。ハイさんに聞いてみると、フランス統治時代に家の幅は4.5mと決められていたんだそうです。で、正面はペンキを塗るけど横は他の家が建つから塗らないんですって。これは外観を揃え、町の景観に配慮した決まりのようですね…。
⑧学校は小学校が5年間、中学校が4年間、高校が3年間でその後は男性は大学に行くか2年の軍隊にはいるか。で、学校によって、授業が午前だったり午後だったりとどちらで、学年によって分けられている学校も多いんだそうです。これは急激に出産率が上がって、教室の数が足りないからとか…あまっている日本の学校とは逆です。
⑨そう言えば…道に犬や猫が見当たらない…何故かって云うと、ベトナムでは食べる事が多いから外で買っていると大事なペットがさらわれる~きゃ~日本ではありえないですわ。
⑩女性の適齢期はどこの国にもあるようで、ベトナムの方は早く結婚するみたいですね…普通は恋愛結婚だけど30代までいけないと紹介とかになるらしい(とても私はベトナムでは生きていけません…)で、その上、縁起がいい歳悪い歳があるらしく、21,23,26,28歳で結婚すると良くないらしく…それをちゃんと皆さん守るそうですよ…。日本女性で良かった!良かった!まぁ私はどちらでも関係ないか(笑)
以上、役に立つかは…判りませんが(笑)ベトナム豆知識でございました!
本日も朝7時半から朝食勉強会。JETROの荒川投資アドバイザイーによるベトナムの現状を伺いました。10数年ベトナムに住み、心からベトナムを愛し、ベトナムの昔の言語や伝統芸能まで学んでいるとの事。熱くベトナムの事を
語って頂きました。
その後世界遺産のハロン湾へ向かいました…遠い所ではありましたが、世界遺産登録を目指す我が県としては現状を見ておかねば。実は今回の視察は当初は議員団全員はハロン湾だったのですが、団長として知事が1週間ほど前に参加する事が決まり、その中でホーチミン市長への表敬とホーチミン市内の視察が決まった為、同行するかどうかという話になりました。私は、様々な状況の中、表敬は知事にお任せし、ベトナムの現状をみたいと当初の予定通りにさせて頂きました!
ハノイ市から車で約3時間以上。ハロン湾は1994年に世界遺産に登録。1969の石炭岩の島が浮かんでいます。ここは「空から舞い降りた龍が敵の侵攻を防ぐ為に口から玉を出し噴出して、その玉が大小の島になった」という伝説があるそうです。船での遊覧がメインで多くの観光客がこの日も来てましたよ。前日の暑さからするとだいぶ涼しく感じる日で良かったんですが、ちょっと曇り空が残念でした。
ここは漁場としても有名で遊覧船の中でも魚介類の食事を頂くんですが、他にも写真のようにいけすがある別の船が寄ってきて、調理もしてくれます。また果物の船なども・・・。

ここは、かなり船で生活している人も多いようです。釣ったお魚や果物や飲み物などを観光客に売ったりしているんですね。このお魚を食べながら沢山浮かぶ島々を眺めるコースで3時間が通常のようですが、今回私達は時間がなかったので2時間コースでした。
途中に停泊する鍾乳洞もすごかったですよ。
これは、何に見えるか…わかりますよね。安産を祈って触っていく人が多いそうですよ。この鍾乳洞のコースも歩いて約20分ぐらいでしょうか。なのでハロン湾に行く方はスニーカーなどの歩きやすい恰好がお勧めです。それと鍾乳洞のイメージは涼しい…でしょうが、かなり暑かったです。
更に船に戻って遊覧を…。
しかし、私は船から上の景色というか島々を見るようにしておりました。何故かと言うとあまりにも海が汚くて驚いて…昨日、ベトナムは下水処理が問題でハロン湾も随分汚染されているとは聞いていましたが、10年近く前に行った方から本当にきれいだよ海もと言われていたので、ショックが大きくて…と言うぐらい正直汚かったです。全く澄んでいないどころか茶色の水で、これでは折角の景色も半減でした。これは、やはり他人事ではないですよね。世界遺産を目指し、登録された後の事等も視野に入れて地域づくりをしていかないと長崎も同じような事が起こり得ます。観光地では来てくれる人が増える事は非常にいい事ですが、それで環境が荒されては、大事な観光地そのものを失う事になってしまいます。色んな事を考えるきっかけはなりました。
その後は空港に向かって、日本へ…。
今回の視察は実にバタバタと色んな所を見て、多くの方に出会い、色んな事を考えるきっかけを与えて頂きました。改めて長崎で、疑問に思った点などを勉強し、報告したいと思います。
そして番外編などでもベトナムの報告はしますね
お次は所謂ハノイ市の市長であるグエン・テータオハノイ人民委員長を表敬訪問。長崎とベトナムの400年前にさかのぼる歴史などが語られ、今後益々の友好を深めようとのお話しがありました。金子知事からは、県でもお1人ぐらい人材を受け入れても良いとのお話しがなされました。県にとっても様々な地域との友好を深める事は実に大切な事だろうと思います。しかし。長崎は人をうけ入れる、そしてハノイではどのように長崎を展開し、長崎のプラスに繋げるかも考えなければならないと思います。その辺りの具体的な展望もぜひ知事にお伺いしていきたいと思います。他国との友好を深めるには、片側だけではなく、支援するだけではなく、こちらにもプラスをもたらさねばなりませんし、難しい事ですね。
さてお次は、今長崎と深い係わりがある
ここは80年前に設立され、感染症の予防、対策、予防医学やワクチンの研究、博士号の研究を行っているところです。このベトナムはアジアの中でも鳥インフルエンザの死亡率が第2位、また衛生上の問題から感染症も多いようです。アジアがデング熱、SARS,鳥インフルエンザなどの新興感染症が毎年の方に流行しており、その為にこの根本要因を科学的に追求し、新しい予防対策をする事もこの研究所の大きな目的なわけです。2006年の3月には、長崎大学の研究所が設置され、関連病院、関連施設、関連研究機関などとも連携しながら、日夜共同研究をなさっているとのこと。長崎大学にある熱帯医学研究所自体も日本唯一の研究所であり、長崎での研究はもとより現実の感染者や病があるこのベトナムとの研究で双方にとって大きな実りあるようです。
そしてまだまだハードに続きますが…ホードゥックヴィエット越日友好議員連盟会長の表敬訪問。ここでも長崎とベトナムの今後の友好の在り方について語られました。ベトナム留学生の受け入れ体制や人材育成問題など。
そこでも立ち会ってくださった坂場駐ベトナム全権大使からのご招待で日本大使館へお邪魔しました。
素敵な処で、ベトナム料理と大使の奥様手作りのおいなりさんや大使館シェフの自慢のケーキなどを頂きながら大使館の方々にもベトナムの現状などを伺いました。その中には、ベトナムへ赴任したばかりの長崎県警の方もいらっしゃいましたよ。 異国の地でどうぞ、頑張って下さいね。
最後は長崎へ留学していた学生のみなさんとの夕食を交えての懇談会。日本語通訳や翻訳者として日系ソフトウエア会社に勤務するチャンさん、通訳として日本鉄道関係会社勤務のハンさん、池島の炭鉱技術研究性の通訳を務め、ハノイで観光ガイドをなさるトゥンさん、長崎大学医学部に留学しハノイの軍事病院に勤務中のタンさんの4人。長崎で勉強していた方々が本国に戻り各方面で活躍なさる事は嬉しい事ですね。皆さんにとっても懐かしい長崎話で盛り上がったひと時だったのではないでしょうか。
この懇談会が終わって、私は地元のスーパーへ。今日は朝から市場にもお邪魔しましたが、どこに行っても楽しみは地元市場やスーパーを見ることなんですよね。地元の方の素顔が見れる気がしますし、高いブランド物などには全く興味がない私としては、お土産と言ったらスーパーで現地の食材を買う事。今日も大好きなフォーの麺や友人のお土産用にフォーのインスタントやお茶などを購入できて満足でした!
で、ホテルに戻ったのは22時半ごろ。5時に起きて、様々なところに伺い、多くの方にお会いし、大変実りある1日でした…しかし、流石にハードで疲れましたけど(笑)









































