さて昨日のブログで県庁周辺のことにちょっと触れましたが・・・。
現在地での建て替えに関して、出島との調和のお話がよく出てきます。私にとっても出島とは日本の歴史を振り返る意味でもかけがえのないものだとは思っております。しかし、それと今の県庁舎を無理につなげることはちょっと違和感を感じています。
江戸時代の出島の地図
明治
大正 
昭和29年
昭和63年 
判りづらいかも知れませんがどんどん埋め立てられているんですね。
今の出島はというと、沢山の高層ビルに囲まれています。

出島資料館短期計画 
今はこの短期計画はほぼ完成へと近付いており、当時の出島を偲ぶことは出来ます・・・が、ちょっと上を見るとものすごいビルに囲まれているわけです。
長期計画案 
今電車が通っているあたりを含めた出島を囲んだ4隅に水をはるというものなんですが、それには、数千億の予算がかかるということ、今でも百億はかかっているわけで、勿論出島の歴史は大変ですが、それで多くの観光客が訪れるでしょうか、長崎県民が望んでいるのでしょうか?
歴史は大切です。しかし復元は復元でしかなく、世界遺産にも当然なれません。もっと大事にする方法があるのではないかと思います。出島に来ていた方に過去にアンケートをとりましたが、ほとんどの人が出島は海に浮かんでいると思っていたということ、ここに巨額の税金をかけてまで4隅に水を張る必要なんてないと思っているとのことでした。
その場所に復元することに価値があるのは勿論判っています。それは、今の状態でも十分ではないかと思います。仮に海に浮かんだ出島を発想させたいのなら高層ビルにすでに囲まれた場所にするのではなく、別の発想があってもいいと思っているのですが・・・。
ずっと言っているのは、海との連携を考えるなら、県庁移転場所として挙げられる魚市跡地にアミューズメント施設のように作った方がいいのではないかとか・・・そこで卓袱料理を食べさせたり、水産県長崎を感じさせるようなものを併設したり・・・あの一番いい場所を県庁ではない、夢のある場所にした方が人は来ると思うのですが、どうでしょうか?
県サイドがいつも出島と小樽を比較しますが、小樽は県が道路にしようとしたのを住民が10年以上かけて反対して守ったからこそ、いま観光客があふれているわけです。それに小樽はレプリカというよりも当時の倉庫をそのまま使っているところも多いからこそ人気があると思うのですが・・・。